舞台配置

舞台中央に、相談室と同じ机といすを置く。ただし斜めに。
弁護士と相談者が、隣り合った辺で、客席の方を見て座る。 舞台中央に、相談室と同じ机といすを置く。ただし斜めに。 弁護士と相談者が、隣り合った辺で、客席の方を見て座る。 机の上には、六法全書や各種資料をおく。 登場人物は、最初から座っているが、身動きは一切しない。 灯りは消し、客席からはシルエットしか浮かばない程度にする。 そういう舞台配置から、ナレーションが入る。

ナレーター

「筑後地方で生活する方々に、弁護士を身近に感じ、困ったことがあれば気軽に相談していただきたい。そういう想いから、久留米法律相談センターが開設されて、20年経ちました。この間、八女、柳川、大牟田、うきはなどにも次々と開設され、法律問題でお困りの方々が、毎日たくさん相談に訪れ、適切な助言や助力を得ています。 たとえば、ここ柳川法律相談センターでも、こんな相談が行われています・・・(フェードアウト)」

(以下、弁=弁護士、相=相談者)

弁        (机の上で、一見書類を両手でトントンと揃えながら) 「なるほど、甥御さんに騙されて田圃を取

られたと、そういうことですね」 (相談者は、頷く)

(少し深刻そうな口調で) 「だとすると、急いで手を打たなければいけませんね。時効ですから」

相          (意外そうに) 「事故?。これって事故ですか。あたしゃしんようしとった甥に騙されたとばってん」

弁          (面倒くさそうに) 「いやいや、事故じゃありません。時効です」

相        (上記弁護士の発言を全く聞かず、一人で得心したように頷きながら) 「まあ、飼い犬に噛まれた

わけやけん、事故っち言えば事故ですかねね」

弁        (顔を相談者に近づけ、少し大きな声で) 「じ、こ、じゃあなくて、じ、こ、う。時効(ここまでゆっくり

と発声。顔の位置を元に戻してややそっくり返りながら) 。

20年たつと、請求ができなくなるのです。」

相         (不審そうに) 「なしてね。なんで20年たったらできんくなるとね」

弁       (まじめに) 「理由はいろいろ言われていますが、まあ、20年もたつと、もう昔のことになるので、

しょうがないじゃないか、ということですね」

相          「昔って、あんた、20年って、すぐ経ちますがね。なんで20年たったら昔のことになるとですか」

弁          (手を焼いた風に早口で) 「とにかく、そういう法律制度があるのです。もうすぐ20年になりますか

ら、早く手を打つ必要があるのです」

(相談者は不満そうに首を振りながら黙る。それを見ながら)

弁          「しかし、どうして20年も放置していたのですか。すぐに弁護士に相談しておけばよかったのに」

相       (悲しそうに) 「ばってん、あんたあ、あたしたちゃ弁護士さんとか知らんでしょうが」

弁          「だからそういう人のために弁護士会はいろんなところにこのセンターを・・・」 (と言いかけて、

はっとして、舞台後ろに掲げている「20周年記念」の横看板を見て、つぶやく) 「そうか、

20年前はまだないのか」

弁          (首を振りながら気を取り直して) 「まあ、でも弁護士だって何十人も…」 (と言いかけて、部会の

パンフレットを手に取り) 「そうか、20年前は30人しかいなかったんだな。しかも柳川はゼロか」

弁          (もう一度首を振りながら気を取り直して) 「とにかく、弁護士さんに相談すべきでしたね」

相          (やる気のなさそうに淡々と) 「相談はしたとですよ、一度。隣ん人が『よか弁護士さんをしっとる』

ち言って、連れて行ってくれたとです」

弁        (興味を以て少し身を乗り出して) 「それで」

相          「そん方は『わしが引き受けてやる』っち言わっしゃったです」

弁          (いぶかしげに) 「どうして頼まなかったのですか」

相          「福岡の先生やけん、遠かでしょうが」

弁       (やや嬉しげに声を高めて) 「そりゃそうですね。やっぱり、地元の弁護士じゃなくちゃ」

相         (それを無視して) 「そん方には、なんか、頼みたくなかったとですよ」

弁          (再びいぶかしげに、しかし少しリラックスして、肘をつき足を組みながら) 「どうしてですか」

相          (少し強い口調で、憤慨しているように) 「なんか偉そうにしちょって、あたしんことば真剣に考え

てくれんごたあきがして」

弁          (少し心配げに) 「えらそうに見えるって、どういうところがですか」

相          (上を向いて嫌な思い出を思い出しながら、少しずつ憤慨して行く。以下の間、上を向いて、決し

て弁護士の方は見ない)
「人の話ば聞くとに肘とかついてえ」 (弁護士、慌てて肘を起こし、ややふんぞり返る)、
「そうかと思うと足を組んでふんぞり返ったり」 (弁護士、慌てて足を元に戻し、身を少し知事める)、
「高そうな背広ば着て」 (弁護士慌ててスーツの上着を脱ぐ)
「ネクタイもしとらっしゃった」 (弁護士、慌ててネクタイを外す)

「こっちば睨みつけるようににこりともせんで」

弁        (作り笑顔で) 「それはいけませんねえ」

相          「NHKのアナウンサーみたいな冷たか話し方やったね」
弁          (とってつけたようにへたくそに大声で) 「それはいかんですたい」

相          「メガネもかけとらっしゃった」
弁      (弁護士、慌ててメガネをはずしかけ) 「いや、メガネは関係ないでしょう」、

相        (ここで上を向くのをやめ、弁護士の方に目を移し、不満そうに) 「そうですか、あたしは、メガネば

かけてる人を見ると、なんか怖くて」

弁       (今までよりは優しい口調で、話がずれてきているのを修正しようと) 「いや、ま、とにかく、今日、

こうして相談にいらっしゃんたですから、まだ間に合います。私の方で引き受けて裁判をしま

しょうか」

相          (心配そうに顔をうつむき加減に) 「裁判とかすると、ばさらお金がかかるとじゃんなかですか」

弁          「いえ、そんなにはかかりません。それに、法テラスを使えば、分割払いもできます」 (一息切っ

て) 「おばあさんはおいくつですか…」

相          (急に顔をあげて毅然として弁護士を見る) 「おばあさん?あんたあたしの孫ですかい。あたしはあ

んたみたいな大きな孫をもっとらんですが」

弁        (しまったという表情を作って、一所懸命取り繕いながら。相談カードに目を移して、名字を確認

しながら) 「失礼しました。松尾さんはいくつですか」

相          「いくつって、何がね」

弁          (不思議そうに) 「何がって、お年ですよ」

相         「年?ああ年ね。突然『いくつ』って聞かれてもわからんでしょうが」 (いったん言葉を切って、ゆっ

たりとした口調で能天気に) 「コーヒーに入れる角砂糖の数かと思いました」

弁         (あきれて) 「この流れで、コーヒーに入れる角砂糖の数は聞かないでしょう」

相        (机の上を見まわして納得しながら、恬然と) 「そうやね、コーヒーとか、出してもらっとらんし」

(邪気なく) 「お茶しかなかねえ」 (茶碗を手に取って飲む)

弁    (無視して) 「お年はおいくつですか」

相          (再び憤然としたややきつい口調で) 「あんた、あたしの年もしらんで、あたしに『おばあさん』って

さっき言わっしゃったとね」 (弁護士は少し慌てて「いやいや」などと小さくつぶやく) 「大体、女

性に歳ば聞くって、ちょっと失礼じゃなかね」

弁          (一生懸命弁解口調で) 「いえ、そういう意味ではなくて、あの、法テラスでは、65歳以上ならば

弁護士費用の償還免除や猶予などが認められる場合もあるのです。その対象になるんじゃな

いかなと思って、そういうことなんです」

相         (納得した口調で) 「そうね。それやったらそうと、はよう言わんね。

(ゆっくりと) あたしは75です」

弁       「ああ、それならば少なくとも償還の猶予は可能です」

(姿勢を正して、誠実そうに、まじめに) 「最初に申しあげたとおり、間もなく時効になります

から、急いで手続をした方がいいと思います。松尾さんにその気持ちがあるならば、私が

引き受けてもいいのですが」

相         (じっと弁護士を見る。弁護士も微動だにせず見つめ返す) 「そうね、あんたはちょっと若かし、

怖そうに見えるばってん、よか人そうやから、お願いしようかね。何と言っても、あんたは」 (

で会場を見て大声で) 「辛抱強かけんね」

作者:筑後部会員 高橋謙一